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大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)1952号 判決 1967年1月23日

控訴人 松井組こと 朴能燮

右訴訟代理人弁護士 獅山知孝

被控訴人 株式会社高石商店

右訴訟代理人弁護士 西村登

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同趣旨の判決を求めた。

被控訴人は、請求の原因として次のとおり述べた。

「一、被控訴人は、控訴人振出にかかる別紙目録記載の約束手形各一通(合計三通)を所持しているところ、控訴人は、うち(一)の手形金元本として金二万円を支払ったのみで、残金の支払をしない。

二、被控訴人は、土木建設機械の販売、修理を業とするものであるところ、和和三六年八月七日から昭和三八年六月二八日までの間、控訴人の注文により代金は毎月分当月末日払の約束で土木建設機械の修理をなし、和和三八年六月二九日現在金三六、六二六円相当の修理残代金を有するが、控訴人は、その支払をしない。

三、よって、控訴人は、被控訴人に対し右手形残金、修理残代金の合計金一六五、六二六円とこれに対する支払命令送達の日の翌日(昭和三九年二月一五日)から完済まで年六分の割合による商事遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求をした。」

控訴人は、答弁および抗弁として、次のとおり述べた。

「一、請求原因第一、二項記載の各事実(被控訴人の職業を除く)は、いずれも認める。

二、(一)、しかし、控訴人は、被控訴人の社員沢辺清に金一〇、〇〇〇円を預けてあるから、被控訴人に対し金一〇、〇〇〇円の預金債権を有する。

(二)、更に、控訴人は、被控訴人に対し、さく岩機一台の修理を依頼していたところ、控訴人の返還方の請求にも拘らず、被控訴人は、右さく岩機の引渡をしなかったので、その頃県道工事を請負っていた控訴人は、やむなく右工事に使用するため他からさく岩機一台を賃借し、その賃貸料金一五〇、〇〇〇円の支払をなした。すると、控訴人は、被控訴人の右不法行為によって、右賃貸料金と同額の損害を被つたものというべきであって、被控訴人に対し右金一五〇、〇〇〇円相当の損害賠償債権を有するわけである。

三、よって、控訴人は被控訴人に対し昭和四〇年九月一四日の原審口頭弁論期日において右(一)、(二)の各債権(合計金一六〇、〇〇〇円)と本訴手形金、修理代金とを対等額を以って相殺する旨の意思表示をなしたから、本訴請求債権は、すべて右の相殺により消滅している。」

被控訴人は、控訴人の抗弁に対して、次のとおり述べた。

「一、控訴人主張の預け金一〇、〇〇〇円が存する旨の抗弁事実は、全て否認する。右預り金一〇、〇〇〇円は、すでに被控訴人主張の内入弁済金二〇、〇〇〇円の一部として充当ずみである。

二、控訴人主張の損害賠償に関する抗弁事実のうち、被控訴人が控訴人から修理のため預っていたさく岩機一台を控訴人に返還していないことは認めるが、その他の抗弁事実は否認する。

三、被控訴人は、控訴人が本件約束手形金の支払をしないので、止むをえず控訴人に対して控訴人所有にかかる右さく岩機に対する商事留置権を行使しているものであるから、かりに控訴人主張の損害が発生したとしても、被控訴人にその損害を賠償する義務はない。」

立証として<以下省略>。

理由

被控訴人主張の請求原因事実第一、二項(被控訴人の職業を除く)は、控訴人においと認めて争わないところであり、また原審証人高橋久伍の証言(第一回)および弁論の全趣旨によると、被控訴人は土木建設機械の販売修理を業とするものであることが認められ、なおまた、控訴人に対し本件支払命令正本の送達されたのが昭和三九年二月一四日であることは、本件記録中の控訴人に対する同正本送達報告書の記載に徴して明らかである。

右認定事実によると、被控訴人の本訴請求は、控訴人の抗弁が認められないかぎり正当である。

ところで、控訴人は、まず、被控訴人に対して金一〇、〇〇〇円の預け金債権があるから、本訴請求債権と相殺する、と抗弁しているので、この点につき判断すると、成立に争いがない乙第一号証、原審証人高橋久伍の証言(第二回)並びに弁論の全趣旨によると、控訴人は本件約束手形の不渡をだしたので、被控訴人は、昭和三八年五月八日その社員沢辺清を控訴人方に派遣し、同人をして右手形金の決済方を請求させたところ、控訴人は沢辺に対し右手形金の内入として控訴人主張の現金一〇、〇〇〇円を差出したので、沢辺は、取り敢えずこれを右趣旨のもとに預かり、控訴人にその旨の預り証(乙第一号証)を作成交付し、その頃被控訴人に右金員を交付したが、同月一〇日被控訴人はこれを、控訴人が沢辺に手交した前記趣旨に従い別紙目録(一)の約束手形金七〇、〇〇〇円の元本中に内入れしたことおよび控訴人は右のほか、なお右手形金元本に対する弁済として金一〇、〇〇〇円を内入れしていたから、被控訴人は、右手形金七〇、〇〇〇円より内入金合計金二〇、〇〇〇円を控除した残額金五〇、〇〇〇円につき、本訴請求をしていることがそれぞれ認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実によると、控訴人主張にかかる預け金一〇、〇〇〇円は、すでに前記(一)の手形金に充当され消滅していることが明らかであるから、右預け金が未だなお存在することを前提とする控訴人主張の相殺の抗弁は、爾余の点の判断をするまでもなく、理由がないものというべきである。

次いで、控訴人の損害賠償請求権を自働債権とする相殺の抗弁について、判断する。

成立につき当事者間に争いがない甲第一ないし三号証、原審証人高橋久伍の証言(第一回)により成立の認めうる甲第四ないし六号証、同証人(二回とも)および原審証人藤河貫一の各証言並びに原審における控訴人本人尋問の結果の一部を綜合すると次の事実を認めることができる。

一、控訴人は前判示のとおりかねてから被控訴人に対し土木建設機械の修理を依頼していたが、昭和三八年五月三一日にも、控訴人所有のさく岩機一台の修理を依頼したこと。

二、右日時頃における控訴人の修理代金未払高は、右のさく岩機一台の修理代金を含めて総計金一六五、六二六円であったが、それより以前に控訴人より被控訴人に対し右代金の内入として支払手形三通(甲第一から三号証)が振出交付されていたため、帳簿上では、右手形により、すでに修理代金の一部入金があったものとして処理され、その残存する金高は、金三六、六二六円となっていたこと。

三、ところで、昭和三八年六月一九日被控訴人から前記さく岩機の修理完了の通知があったので、同日控訴人は、訴外藤河貫一を代理人として右さく岩機一台引取のため被控訴人方へ赴かせ、その際右藤河に未払修理代金支払のため現金三六、六二六円を携行させたこと。

四、右藤河は、被控訴人に対して右金三六、六二六円を提供し、前記さく岩機一台の引渡方を請求したところ、被控訴人は、修理代金として受取っていた本件約束手形三通(甲第一から三号証)がすでに不渡りになっており、そのうちには右さく岩機の修理代金も一部包含されているところから、藤河の右要請を拒み、右手形金全額の弁済あるまでは、右さく岩機を控訴人に引渡すわけに行かないと返答して、右さく岩機を留置するので、藤河も止むなくその引渡を受けないで帰ったこと。

五、なお、控訴人が営業として県あるいは町村の林道工事の請負をなす商人であること。

右認定に反する原審における控訴人本人尋問の結果は、にわかに措信することはできず、他に右認定に反する証拠はない。

そして右認定事実によると、被控訴人は、控訴人に対し右さく岩機の修理代金のほか、未払の約束手形金債権も有し、これらの総計金一六五、六二六円の弁済なきかぎり、控訴人所有の右さく岩機を留置する旨の留置権を行使したのであるが、これに対し控訴人は、個々金三六、六二六円の弁済の提供をなしたに過ぎないものというべきところ、前認定のとおり営業として土木建設機械の修理等をなす商人である被控訴人が、営業として林道工事の請負をなす商人である控訴人に対し、既に弁済期にあり、かつ、双方のために商行為たる行為によって生じた債権であることが明白である本件約束手形金債権(甲第一から三号証のもの)の弁済があるまで、控訴人所有にかかる右さく岩機一台に対し、留置権を行使することは、商法第五二一条の規定より是認することができる。

従って、被控訴人が控訴人に対し右さく岩機一台の引渡をしないことは、少しも違法でなく、それによって控訴人が損害を被ったとしても、被控訴人の与り知らぬところであって、被控訴人には、その損害を賠償する責任は存しないから、控訴人のこの点に関する相殺の抗弁もまた、その前提要件たる自働債権を欠き、その余の判断をするまでもなく、失当である。<以下省略>。

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